人的資本経営の前に、会社の「人間観」を問う
— 人事評価の運用に現れる「経営の思想」 —
人的資本経営という言葉が一般化し、開示項目の整備や人材施策の拡充が進んでいます。研修を増やし、制度を改定し、仕組みも導入する。
それでも「現場が変わらない」という声が残る企業は少なくありません。
理由は、施策が足りないからではありません。
人的資本経営は“整備”ではなく、会社の考え方を日常に落とし込む“実装”の勝負だからです。そして、その実装が最もはっきり表れる場所が、評価運用です。
目次
評価は、会社の人間観が見える場所
どの会社にも、人に対する前提があります。たとえば、
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人は信頼されると伸びる存在か
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失敗は学びか、罰か
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成果は個人の手柄か、チームと仕組みの成果か
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成長は本人の責任だけか、上司・会社の責任も含むか
こうした前提を、ここでは「人間観」と呼びます。
社員は理念を読んで会社を判断するより、日々の扱われ方で判断します。
その扱われ方が最も濃く表れるのが、評価と育成です。
評価は処遇を決める手続きである以前に、会社が社員に向けて発するメッセージです。「何を大事にしているか」「どう信じているか」が、評価の場面で伝わってしまいます。
人的資本経営は「循環」の設計
人的資本経営を経営の言葉に翻訳すると、次の循環をつくることです。
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期待を明確にする(役割・成果の定義)
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支援する(成長の条件を整える)
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価値が生まれる(成果・学びが蓄積される)
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公正に認め、分配する(評価・処遇が説明可能である)
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信頼が積み上がり、挑戦が増える(再投資できる)
この循環が回って初めて、「人への投資が企業価値になる」状態が成立します。
止まりやすいのが、4番目の「公正に認め、分配する」=評価運用です。ここで納得感が崩れると、組織は静かに弱くなっていきます。
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何を頑張れば良いか分からない
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失敗が怖くなり、無難な行動が増える
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できる人ほど離れやすくなる(市場価値の高い層から先に)
制度があるかどうかではなく、運用を通じて「公正さが伝わっているか」が、循環の生死を分けます。
フェアとは「同じ」ではなく「納得できる」
フェアを平等と捉えると、現場は詰まります。
職種や難易度、期待役割は同じではないからです。
現場が求めるフェアは、次の4点です。
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期待が明確である(何が求められる成果・行動か)
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判断が説明できる(印象ではなく事実で語れる)
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途中で軌道修正できる(期末に突然知らされない)
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成長に接続している(次の一手が具体的に分かる)
社員が欲しいのは「甘い評価」ではありません。説明可能な評価です。
人間観を“実装”する評価運用の3条件
人間観はスローガンではなく、運用で伝わります。
経営として設計すべきポイントは、次の3つです。
1)期待(役割)を揃える
評価が荒れる最大要因は、能力差よりも期待の不一致です。等級・役職ごとに「何を成果とみなすか」「何を優先するか」を、経営の言葉として揃えることが出発点です。
2)評価を“年1回のイベント”から“日常の運用”へ
育成につながる評価は、「途中の対話」が前提です。長い面談よりも日々の短い対話の積み重ね。「事実→解釈→次の一手→支援」を月次で積み上げるほど、評価はフェアになります。
3)評価を“本人の通知表”で終わらせない
評価は部下の査定であると同時に、上司の育成責任が問われる場でもあります。上司が育成の当事者になった瞬間、評価は属人性から離れ、納得感が上がります。
結論:人的資本経営の差は、「納得できる評価」を日常で回せるかで決まる
人的資本経営は、研修を増やすことでも、指標を整えることでもありません。
会社が人をどう見ているかという前提=人間観を、評価・育成・配置・処遇の運用に落とし込み、日常として回すことです。
社員が「ちゃんと見てもらえている」「説明がつく」「次が分かる」と感じられる企業では、信頼が積み上がり、挑戦が増え、結果として企業価値が伸びます。
逆に、制度だけ整えて運用が弱い企業では、信頼が目減りし、成長の循環が止まります。
だからこそ、人的資本経営という言葉の前に、まず問うべきです。
私たちの会社は、人をどう見ているのか。
そして、その人間観は評価運用という日常の現場で、実際に伝わっているのか。
この記事を読んだ方へ
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評価が「育成」につながらないボトルネックの特定
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役割期待(等級・役職)の言語化と整合
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面談ログ(短時間・高頻度)の仕組み化
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評価者の“観点”統一と運用定着支援